米国臨床腫瘍学会2018: GSKのオンコロジーパイプライン
国際医薬品情報
2018年6月25日〈通巻第1108号〉
現地レポート
米国臨床腫瘍学会2018
―報告(1):GSKのオンコロジーパイプライン―
6月1日から5日までの日程で、今年も米国シカゴにおいてASCOが開催された。今回は企業展示ブースから報告をする。
GSKががん領域に戻ってきた。GSKがノバルティスにワクチン事業と引き換えにオンコロジー事業を引き渡したのは2014年のことだったが、雌伏の時期を経てとうとうこの領域に本格的に返り咲くことになり、このASCOにも大きなブースを出展してきていた。筆頭化合物は昨年の10月にEMAからPRIME指定を受け、11月にはFDAからブレークスルー・セラピー(BT)の指定も受けたGSK2857916である。この薬剤はB細胞成熟因子(BCMA)に対する抗体にシアトルジェネティクス社から導入したリンカー技術を介してペイロードに単メチル化オーリスタチンFをコンジュゲートしたADC抗体であり、現在開発中の適応症は再発・難治性の多発性骨髄腫で、PRIMEおよびBT指定を受けたのは抗CD38抗体療法、プロテアソーム阻害薬療法、および免疫調整薬療法の3療法後の第4選択薬としての適応である。
ブースに立っていたメディカルアフェアーズ担当者は「GSK2857916は2020年にも発売できる可能性がある」と自信を隠さなかった。「GSKはオンコロジー研究自体から撤退したことは一度もなかった」「メディカルアフェアーズ部門の体制はすでに整っている」とのことである。もっとも“コマーシャル部門は一から作り直しになるのではないか”という質問に対しては明確な答えは得られなかった。
GSKは自らのオンコロジーパイプラインを、1)がんエピジェネティクス領域(Cancer Epigenetics)、2)がん免疫療法領域(Immuno-oncology)および3)細胞療法領域(Oncology cell therapy) の三つの領域に分類している。それぞれのパイプラインを表1に示した。これだけを見るとまさにバイオテック企業のようなパイプラインである。
それぞれのパイプラインの作用メカニズムの概略と他社の開発状況について触れておく。
- GSK525762:BET阻害薬
BET阻害薬はbromodomain and extra-terminal domain (BET)ファミリータンパクのアセチル化リシン認識モチーフに結合して、BETタンパクとヒストンとの結合を阻害することによって、クロマチン再構成を妨げ、様々な成長促進遺伝子の発現を阻害する。この標的の阻害薬は現在数多く開発されており、BMSのBMS-986158が1/2相、Constellation Pharmaceuticals社のCPI-0610が1/2相、Orion Pharma社のODM-207が1/2相、ロシュのRO6870810が1相、Forma TherapeuticsのFT-1101が1相と化合物がひしめいている。 - GSK3326595:PRMT阻害薬
アルギニンメチル転移酵素(PRMT)5の阻害薬であり、これによってH2A、H3およびH4ヒストンのアルギニン残基のメチル化を抑制することによって細胞の増殖を妨げると考えられている。 - GSK2636771:PI3Kβ阻害薬
PI3K阻害薬はこれまで数多くが開発され、ギリアドのidelalisibやバイエルのcopanlisibが承認されているが、PI3Kのβアイソフォームに特異的な阻害薬はより効果が高く、より副作用が少ない可能性がある。本罪のほかにアストラゼネカのAZD8186が1相で開発中。 - GSK2857916:抗BCMA抗体
B細胞成熟化抗原(BCMA)はB細胞が成熟したプラズマ細胞ががん化した細胞の表面に発現するがん特異抗原である。この標的に対する創薬も数多く行われており、特にこの細胞に対してT細胞をエンゲージするという戦略でバイスペシフィック抗体タンパク)やCAR-Tも開発されている。ファイザーのPF-06863135はBCMAとCD3とのバイスペシフィック抗体で1相開発中、ヤンセンのJNJ-64007957も同じ標的のバイスペシフィック抗体で1相、アムジェンのAMG701はBCMAとCD3とのBiTEで1相、さらにはBCMAのCAR-Tであるbb2121をセルジーンが2相で開発している。しかし、この標的をADCで開発しているのはGSKだけである。 - GSK3174998:OX40アゴニスト抗体
T細胞表面に発現する共刺激受容体であるOX40に対するリガンドであるOX40Lと同じ生理作用を発現させる抗体である。アストラゼネカ・メディミューンのMEDI6383とMEDI0562が1相、BMSのBMS-986178 が1/2相、ファイザーのPF-04518600が2相、ロシュのMOXR0916が2相で開発中。 - GSK3359609:ICOSアゴニスト抗体
OX40同様にT細胞表面に発現する共刺激受容体であるICOSに対するアゴニスト抗体である。BMSのBMS-986226が1/2相、Jounce Therapeutics社のJTX-2011が1/2相、アストラゼネカ・メディミューンのMEDI570が1相で開発中。 - GSK1795091:TLR4アゴニスト
TLR4を刺激して単球・マクロファージ・樹状細胞を活性化させることによって主要免疫を活性化させると考えられている。Immune Design社のG100が現在1相で開発中。 - GSK3377794:NY-ESO-1特異的T細胞
NY-ESO-1はがん細胞に発現するがん抗原の一つで生理的には精巣にも発現している。GSK3377794はNY-ESO-1に対するアフィニティが成熟したT細胞受容体を自家T細胞に発現させた自家細胞療法である。
興味深いのは、ほとんどすべての化合物が新規の作用メカニズムによるものであり、例えばがん免疫といえどもPD-1/PD-L1を目指したものなどは採用されていないところである。もちろん、改めて参入するとなると真新しさが必要ではあるのだろうが、逆に言うとポートフォリオ的には高リスクのもののみに絞っているということができる。これは新疾患領域参入の方法としては興味深いアプローチであるといえる。PD-1/PD-L1に関してはメルクのペンブロリズマブとPI3Kβ阻害薬であるGSK2636771、OX40アゴニストであるGSK3174998、および細胞療法領域のGSK3377794において併用療法の開発をも行っており、このメカニズムに関してはペンブロリズマブで行くようだ。かつては「がん免疫療法は併用による効果の増強がみられるところから、併用する薬剤の選択によって差別化が可能であり、したがって参入順位が遅れても自社でPD-1/PD-L1を開発したほうが、戦略上都合がいい」といわれていたが、このGSKの戦略はがん免疫療法領域のオープンイノベーション化の進み方が当時の想定以上であることを示している。
また、多くの化合物は自社創製のオリジナル品であり、場当たり的に導入したものではない。つまり、創薬研究も明確な意図をもってターゲットを設定し、それに対して6つもの化合物を少なくとも臨床段階にまで持ち込んできているということを示しているといえ、Paulらによれば標的分子の設定から化合物が臨床入りするまでの確率は35%程度であることから*、驚異的な創薬ケイパビリティであるといえよう。
*:Nat Rev Drug Discov. 2010 Mar;9(3):203-14.