2018/08/29 update

瀬戸際に追い込まれたBACE阻害薬開発

国際医薬品情報
2018年6月25日〈通巻第1108号〉

業界動向
瀬戸際に追い込まれたBACE阻害薬開発
―アミロイド仮説の息の根を止めるEPOCH試験論文―

アルツハイマー病の新薬候補であるBACE阻害薬がこのところ立て続けに悪いニュースに見舞われている。6月12日にアストラゼネカとイーライリリーとはそろって共同開発中のラナベセスタットのグローバル第3相試験を中止すると発表した。現在実施中の2本の第3相試験に関して、試験の終了時点で主要評価項目を達成する見込みがなく、独立データモニタリング委員会が利益が見込める可能性のない治験をこれ以上続けるべきでないと勧奨したことを受けての判断であった。
その1か月前の5月17日にはヤンセンファーマが開発中であったアタベセスタットの第2/3相試験と第2相長期安全性試験とにおいて、投与等の中止を行うと発表し、この薬剤も事実上開発中止となった。ヤンセンは中止の理由として、この薬剤の投与を受けた症例に肝酵素の上昇が見られたものがあり、慎重な検討の結果、この薬剤のリスクとベネフィットのバランスが望ましいものではなくなったからであると説明している。ちなみに本件は、それに先立つ5月1日に富士レビオがヤンセンと、アタベセスタット対象患者の特定を目的としたアミロイドβの42/40比の測定試薬の開発・販売契約を締結したばかりであったことから、富士レビオ関係者たちを大いに失望させたことは想像に難くない。
さらにはこれに先立つこと4カ月、2月14日には米メルクが自社のBACE阻害薬であるベルベセスタットの2本目の第3相試験であるAPEX試験の中止を発表し、事実上の開発中止となっている。これも、発表によればこの先試験を続けても望ましい結果を得ることは難しいという外部データモニタリング委員会の勧奨に従った結果であるという。
BACE阻害薬がこのように相次いで脱落するというのは他のBACE阻害薬にとっても良いニュースではないのは当然であるが、実はこのAPEX試験の中止に先立って昨年2月に既に中止されていたベルベセスタットの第3相EPOCH試験の詳細な内容を示した論文が5月3日付のニューイングランド医学雑誌(NEJM)に公表されている 。その内容はこのBACE阻害という作用メカニズムの妥当性に関して根本的な疑問を投げかけるものとなってしまっている。ここではこの論文の内容を詳細に見てみよう。
この第3相EPOCH試験は軽度から中等度のアルツハイマー病患者1958症例を組み入れて、偽薬群(n=653)、低用量群(12mg, n=653)、高用量群(40mg, n=652)の3群に群分けし、78週間にわたって観察した試験である。主要評価項目はADAS-cogとADAS-ADLの2つの認知機能スコアの78週時点におけるベースラインとの比較である。そのほか、副次的評価項目としてCDR-SBのスコアや各種バイオマーカーなどを測定した。


図1は今回測定されたバイオマーカーの一つである脳脊髄液中のアミロイドの濃度のベースライン比率である。これを見ると、ベルベセスタットは各アミロイド分子種を用量依存的に、しかも大幅に減少させていることがわかる。そして、図2では恐らくその結果として、脳内アミロイド量も、平均標準化アップテイク値比(SUVR)において、プラセボ群では差が見られなかったが40mg群では0.87から0.83へと、わずか0.04ポイントながらも差がみられており、ベルベセスタットが脳内アミロイドを減少させることができたことを示している。

重要なことは、このようにベルベセスタットがその作用メカニズムに従って用量依存的な薬理作用を示したのみならず、用量依存的に副作用の発現まで見られているにもかかわらず、認知機能については全く改善しなかったということである(図3)。つまり、ベルベセスタットは、その期待されていた作用を期待通りに発揮したにも関わらず、それを主要評価項目の達成に全く繋げることができなかった。これは「血流に乗ってアミロイドが脳内に入り、何らかの理由で沈着、蓄積することによって神経細胞が傷害され、それがアルツハイマー病の原因になっている」という、いわゆるアミロイド仮説を疑わせるに十分な結果であるし、「血中のアミロイドを現に減少させた」ということを拠り所としていた多くの薬剤に対して、大きな疑問符を投げかけているともいえる。
これに対して著者らは2つの可能性を示しており、1つは結局認知症が発症してしまうとアミロイドβの生成と病勢の進行とは無関係になってしまう可能性と、今1つは、アミロイド仮説が間違っている可能性である。そのうえで、アミロイド沈着は臨床症状が発現する何年も前から始まっているのであるから、アミロイドを標的とする治療戦略は患者が臨床症状を発現する前から開始されなければならないという指摘があることに言及している。
しかし、仮にアミロイドが蓄積し始めるのが臨床症状を来すようになるずいぶん前であるならば、いったいいつから治療を開始すればいいというのだろうか。この別の言い方をすれば、18か月という期間は、それ以前に神経細胞がアミロイドに暴露されていた期間と比べて短すぎるのということなのだろうか。アミロイドが本当に疾病と何らかの関与があるのだとすれば、観察期間の最後には、少なくとも増悪の遅延の傾向がみられていてもおかしくはない。
実際にはその後、このEPOCH試験よりも疾患の進行がアーリーであるprodromal AD患者を組み入れたAPEX試験も中止となっており、そして今回、アタベセスタット、ラナベセスタットと相次いで中止されていることを鑑みると、著者らが後段で言っているように、もはやアミロイド仮説はその根拠を失いつつあるのかもしれず、現在進行中のほかのBACE阻害薬(ここにはエーザイのエレンベセスタットも含む)のみならずアミロイド仮説に基づいて開発されているほかの化合物(抗アミロイドβ抗体製剤も含む)の成否にも暗雲が立ち込めているといわざるを得ない状況である。そう思うと、上述の2剤の中止がEPOCH試験の論文の公表と同じタイミングであったのは偶然ではないのかもしれない。

1 N Engl J Med 2018;378:1691-703.