武田のシャイア買収・正しい方向性、稚拙な戦術か?
本稿を執筆している4月16日の時点では、シャイアはがん事業をフランスのセルヴィエに24億米ドルで売却すると発表していて、この稿が掲載されるまでに、さらに動きが出る可能性がある。したがって11年のナイコメッド以来となる武田薬品の大型買収に関して現段階で断定的なことは申し上げられない。この動きに関しては、ジェフリーズのアナリストのPeter Welford氏はシャイアの武田に対する交渉ポジションが強化されたと評価した、ということを紹介しておくにとどめる。しかし状況としては、武田は交渉の過程で相手に先に戦術的な動きを取られ、文字通り先手を取られた形になっているように見える。
ところで、米国現地時間の17日と18日とには安倍首相が米国トランプ大統領と首脳会談を持つことになっている。安倍首相は北朝鮮問題や貿易など幅広い分野で同大統領と話す予定になっているが、安倍首相の対米外交交渉が果たして今後、何らかの形で日本にとって果実をもたらしうるかが気になるところである。この点は米国のシンクタンクである外交問題評議会Council on Foreign Relationsも取り上げており、「翌週の世界情勢World Next Week」のロバート・マクマホンRobert McMahon編集主幹も「安倍総理はトランプ大統領とはマララーゴの別荘での会食やゴルフなどを重ねるいわば親密外交を展開しているが、実際には北朝鮮問題ではほぼ蚊帳の外にされ、貿易問題に関してもほかの国と比べても取り立てて有利な立場を築けているとは言えない」と評価している。このコメントを文字通り解釈すれば、安倍首相の「忖度」外交は米国大統領、とりわけトランプ氏には今のところ通用していないように見える、ということなのだろう。
日本人の交渉スタイルのユニークさの原因は文化や言語など諸説あるところである。もちろん現在の武田の意思決定ポジションの大部分は非日本人で占められており、もはや日本の会社とは言えないくらいであって、日本のパーソナリティの共通点をここに持ち込むことはできない。にもかかわらず、武田のM&Aに関しては今日に至ってもなお脇の甘さが気になるところである。その最たるものが情報管理であろう。M&Aの交渉に関する噂が漏れたのは最近でも初めてではなく、16年末にはバリアント社との買収交渉が破談になったことが事後的とはいえ報道されるに至っている。結局今回もシャイアに対する買収提案が報道されるや武田の株価は下がり、シャイアは逆に上がるという状況になっており、報道はシャイアに有利に働いたことになる。その矢先の今回のがん事業の切り売りなのであり、明らかに後手に回った印象が拭えない。
武田によるシャイアの買収そのものは、武田が真のグローバルリーダーとなるためには極めて重要なプロセスであると評価できる。パイプラインの拡充という意味でも、疾患領域戦略の観点からも、このディールは「メイク・センス」である。これによって、仮に武田が納税地を日本の外に移すことを検討するとしても、世界の患者に新薬を届け続けるための戦略であると言われれば、医薬品業界に生きるものとしてはそれは受け入れるしかない。日本企業や技術の海外への流出についての懸念は、業界ではなく政府や財務省がするべきものだ。我々が取り扱っているのは医薬品であり、医薬品は全世界の患者を治療するためのものなのであって、それを作る企業がどの国にあって、どの国に法人税を払っているのかということは本来は取るに足らないことであるはずである。さらに言えば、武田はこれまでの買収劇を繰り返すことによって、企業の中に買収に関する経験知のようなものを蓄積させているはずであり、それは以後の更なる買収にとって活用できるもののはずである。つまり、買収慣れしてきているのだから、今後もそれを強みとしてどんどん買収活動を活発化させてゆくべきであるのかもしれない。
言いたかったのはそういうことではない。安倍政権も武田も、いずれもやろうとしていること、方向性、戦略は正しい。問題は戦術の部分である。何かやり方を間違えている。本稿が掲載される頃には首脳会談も終わっており、これが杞憂に過ぎなかったという状況になっていることを願っている。