日本を「優先監視国」に勧奨・PhRMAの本気度
2月8日付で米国研究製薬工業協会(PhRMA)は、2018年版のスペシャル301条への陳述書を米国通商代表(当局)に提出したと発表した。この陳述書は毎年作成されている「知的財産に関するスペシャル301条報告書」を作成するにあたって当局が各業界の意見を反映させるために募集するものであり、提出しているのはPhRMAだけではない。こののち、当局は2月末にはパブリックヒアリングを行い、さらにコメントを募集し、4月末には正式な報告書を発表することになる。報告書は知的財産の保護が進んでおらず、そのために米国の国益を害していると考えられる国を特定して報告し、改善を促すのが目的であり、具体的には各国を知的財産の保護の未整備度に応じて順番に「306条監視国」「優先国」「優先監視国」「監視国」に区分する。優先国以上に指定されてしまえば、具体的な競技や制裁などの外交的解決が発動することになる。日本はかつて1999年まではこの「監視国」に区分されていたが、2000年以降は指定されていない。
PhRMAは今回のこの報告書で日本を、「監視国」を飛び越えていきなり「優先監視国」に区分するべきであると勧奨している。PhRMAは少なくとも2009年から毎年この陳述書を当局に提出しているが、それ以降、日本を何らかの指定国に区分すべしと勧奨したのはこれが初めてである。これ以外にもこの報告書は、マレーシア(17年版ではいずれにも区分されていない)、カナダ(17年は「優先監視国」)、韓国(17年は「監視国」)を前年度までは区分されていた国がなかった「優先国」に区分すべしとしている。マレーシアに関しては強制実施権の設定を解除するように、韓国、カナダ、そして日本に関しては差別的価格政策を止めさせるように当局が働きかけるべきであるとしている。これらの国の政府による価格統制政策は非関税障壁を形成し、新薬の開発インセンティブを毀損しているばかりか、米国の発明者や労働者が海外市場で公正に競争すること、及び適切な知的財産保護の下で得られていたはずの利益を損ねている、とまで言い切っている。
PhRMAは更にこの陳述書の中で日本には7ページを割いて詳細に日本の薬価制度に関する自らの分析を披露している。いずれも新しい話ではない。新薬創出加算の不適切かつ差別的な改正。特例再算定や適正使用ガイドラインの性急でステークホルダーの発言機会を十分に認めない制定。透明性に欠く薬価改正。日本市場の予見可能性の欠如。PhRMAはこれらの理由から日本を「優先監視国」に指定すべきであると述べているのである。すなわち、企業分類が輸入品と国産品との取り扱いの差別を禁じた世界貿易機関の協定に違反する、薬価制度改革が国内産業の保護的な政策になっているというのがその主張である。
薬価制度改革の是非についてはこれまでに散々論じられてきているのであり、ここでは触れない。しかし、本誌における2017年一年間のPhRMAやEFPIAの取材を通じて、さらには今回の陳述書の一件でも感じるのがこれら外国の製薬ロビー団体の本気度である。率直に言って厚労省や財務省は彼らの力をやや甘く見ていたのではないか。結局は国が薬価を設定してしまえば、製薬企業は折れるしかないはずだと。しかし、とりわけ国際協調性を欠いていると言われるトランプ政権の下で、18年の薬価制度改革が原因で日本がスペシャル301条の下で万一「優先監視国」にでも指定されようものなら、財務省と厚労省とは揃ってその失敗の歴史にまた一つ汚点を追加することになる。グローバル大手製薬各企業は、既に日本の医療において欠くことのできない存在になっているのである。日本の当局はその彼らとの調整に失敗して、結局医薬行政のせいで日本は米国の貿易相手として格下に区分されたというのでは、今後日本のヘルスケア産業はますます他の優良外需産業の足を引っ張っている存在になり下がってしまうだろう。
二つほど気づいた点を上げておく。一つはPhRMAに所属している武田、アステラス、第一三共、エーザイ、大塚などの日本企業である。PhRMAは彼らの意見も含めてこの陳述書を提出したと考えるべきなのか。逆に彼らの考えがほぼ無視された形でこの陳述書が作成されたのか。いずれにしても、望ましい状態ではない。
もう一点は、またしても霞んで見える日本の製薬協である。米国の力を借りないとものを言うことさえできないのか。それともこの展開は意図したものだったのか。やはり、いずれにしてもさみしいことである。とにかく、2か月後の最終報告書がどのような記載になるのか、予断を許さない状況である。